「傷ついた分だけ、人は研ぎ澄まされて強くなる」〜副業戦士けんちゃん:オリジン〜

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ヤッホー♪けんちゃんです。

そろそろ自己紹介を。

僕は、『2浪したけれども、望む大学に合格できなかった』という過去を持つアンダードッグです。

※アンダードッグ:逆境を乗り越えて這い上がろうとする者。(苦しい状況にあるが、まだ敗北してはいない)

このブログを読んでいるあなたも、逆境やコンプレックスに苦しみながらも、副業で這い上がろうとしているのではないかと思います。

僕は、もがき続けようとするあなたの姿勢に、心から共感し、敬意を表します。

同志として、抱えているコンプレックスを分かち合うために、しばし「副業戦士けんちゃん」の自分語りにお付き合い頂けると幸いです。

爆誕〜高校卒業 進学校あるある「成績優秀者と劣等生との差が、あまりにもつきすぎている」

僕は本当に恵まれた家庭に生まれ、幼い頃から両親に、市販の教材を用いて勉強をさせてもらえました。

そのおかげで、小、中学校では成績学年1位を何度も獲得。何の苦労もせずに大阪府No.2の公立進学校に入学しました。

しかし、ここからが地獄の始まりでした。

高校生になると、今までとは脳の構造も変化してくるので、だんだんと点が取れなくなることが多々あります。僕の場合、中学時代から得意ではなかった理系科目はいきなり学年最下位レベルを叩き出し、成績は入学時から低空飛行を極めました。

勉強をサボっていたわけではありません。(食事、睡眠、運動はもっと早くから整えるべきでしたが。)むしろ、決して人に流されないストイックな高校生でした。その上、大学入試を意識して行動し始めたのは高校1年の秋で、十分早い方だと思います。(だから、正直なところ、僕が大学入試で勝てなかったのは「僕に発現した異能が入試向きではなかったから」だと考えています。)

2、3年生のときも自分なりに頭を使い、沢山の工夫を施しましたが状況は逆に年々悪化し、文系科目で補うことで保っていた成績は、卒業時には学年ビリレベルになっていました。

京大、早稲田、阪大・・・落ち続けた入試

現役時は、京大工学部を(受かる見込みがないにも関わらず)記念受験させてもらいました。リッチな宿にも泊まらせてもらって、両親には感謝してもしきれません。結果は言うまでもなく不合格で、浪人することになりました。

「1浪目」

僕は文転し、12月という直前期に数学から逃げて私立専願にしました。しかし、本命だった早稲田にも落ち、滑り止めだった関関同立に入学しました。

「2浪目(仮面浪人)」

大学1回生のときも、半年間休学して再受験をしました。そこで受けた阪大外国語学部ウルドゥー語専攻にも落ち、結果的に2浪したけれども上手くいきませんでした。

自分を律する修行を継続し、別のフィールドで再出発。副業戦士として。

僕は今、大学2回生です(2025年7月現在)。僕と同じように、「コンプレックスを抱えながらも、副業に打ち込んでいる戦士」を応援したくて、毎日情報発信を続けています。

あなたを救けられるのは、あなたしかいない。

この言葉を胸に、これからも有意義な苦しみに飛び込んでいきます。

自分も、大切な人も守れる実力をつけるために。

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