ヤッホー♪けんちゃんです。
皆さんは、辛いことがあったときに、どうやってそれと向き合っていますか?
今回紹介するのは、唯一科学的な宗教である原始仏教の「ブッダの修行論」です。
「ブッダ」と聞くと、超人みたいなイメージを持つ人も多いかもしれません。しかし、僕が惹かれるのは、ブッダの教えが“現実の人間の弱さ”を前提にしていて、しかもそこから抜け出すための道筋がかなり実践的なところです。
今回は、手塚治虫さんの漫画『ブッダ』の描写も交えながら、僕なりに「ブッダの修行論」を4つに整理します!
- 復讐よりも慈悲の心を持つべし
手塚治虫さんの『ブッダ』の中で印象的なのが、ブッダが「自分を殺そうとしてきた相手」にすら親切にする場面です。普通なら恨みますし、復讐したくなっても不思議ではありません。それでもブッダは、相手を裁くより先に、まず人として手を差し伸べます。
その結果、相手が改心してブッダを慕う……という話だけではありません。むしろ大事なのは、たとえ助けられた本人があなたを好きにならなくても、あなたの善行を見ている人は必ずいる、という点です。人の心は、意外と“空気”で変わります。誠実さは、回り回って信頼を連れてくるものです。
ただし、ここで肝心なのは、ブッダが「好かれるため」に助けているのではないことです。ブッダは、ただ親切でありたいから助けています。見返りを期待していません。ここが、「得をするギバー」と「損をするギバー」の分かれ目だと思います。
善行を“投資”にすると、回収できない時に心が荒みます。しかし、善行を“生き方”にすると、誰に感謝されなくても崩れません。僕もここを見習いたいです。
ここからは、この教えに勝るとも劣らないくらい、心に染みる修行論を3つお伝えします。心の平穏を手に入れたい方は、ぜひお読みください♪
- 足るを知ることと、欲望を持つことのバランスを保ちなはれ
ブッダは弟子たちに「欲望を捨てよ」と説きます。これは真理として美しいですし、確かに欲が暴走すると人間は苦しくなります。
ただ私は、これに全面的には賛成できません。なぜなら、人間は欲があるからこそ努力できるからです。もし何も望まないなら、挑戦もしないし、学びもしないし、工夫もしないでしょう。欲望は、扱い方によっては人生を前へ進める燃料になります。
もちろん、捨てた方がいい欲もあります。ジャンクフードやSNSといった超常刺激への欲求は、手軽に脳を満たす代わりに集中力や幸福感を削っていきます。このような欲とは、確かに距離を取った方がいいです。
一方で、「自由な暮らしをしたい」「美味しいご飯を食べたい」「大切な人を守れる力がほしい」といった欲求は、人間を突き動かす原動力にもなります。ゆえに、欲望を完全に断ち切るのではなく「満足感とフラストレーションのバランスを保つ」ことが大切だと考えます。
満足だけだと成長が止まり、フラストレーションだけだと心が折れます。その中間を狙って、自分を前に進める欲を残す。これが現代人に合った“修行”なのではないでしょうか。
- 自分のアイデンティティを、肩書ではなく生き様に見出そう
自分の地位や肩書をアイデンティティにしてしまうと、他者比較の罠から抜け出せなくなります。学歴、職業、収入、フォロワー数。こういう“外側のラベル”は分かりやすい分、比較の材料にもなりやすいです。そして比較が始まると、心は落ち着かなくなります。
手塚治虫さんの漫画『ブッダ』には、自分の出自が卑しい身分であることを気にする王子が出てきます。その王子にブッダは、以下のような趣旨のことを諭します。
「象Aは非常に綺麗な場所で生まれたが、現在は醜い。象Bはゴミ捨て場で生まれたが、現在は美しい。あなたは、どちらの象が立派だと思うか。」
言うまでもなく後者ですよね。
人間も同じです。いくら高貴な生まれでも、研鑽を怠れば醜くなっていきます。その一方で、たとえ身分の低い者でも、自分を磨けば魂は美しく輝きます。重要なのは、あなたがいかに自分の異能を伸ばしていくかです。
その過程で、人は人格が研磨されて凛々しくなり、顔つきも変わっていきます。肩書は飾りです。しかし、生き様はあなたそのものです。だから僕は、肩書を増やすよりも、今日の自分の行動を整えることに価値があると考えています。
- 苦行よりも修行をせよ
ブッダが他の僧と決定的に違っていたのは、「苦行」を無駄なものと捉えた点です。ここが、ものすごく現代的だと思います。
苦行とは、意味のない苦しみです。やっている本人は「自分は頑張っている」と感じられるかもしれません。しかし、成長に繋がらないなら、それはただの自己満足になってしまいます。
一方で修行とは、「自分が成長できる苦しみ」です。つまり、目的がある辛さです。
周りの僧たちが自らの体を無意味に傷つけて満足する中で、ブッダはひたすら瞑想を行い、心を鍛えました。体を痛めつけるよりも、感情や思考の暴走を鎮める方が本質的だと見抜いていたのだと考えます。
その結果、ブッダは理不尽な出来事が起こっても動じない強靭なメンタルを手に入れました。これは才能ではなく、鍛錬の成果です。
私たちも同じで、しんどいことを“とりあえず我慢する”のではなく、「それは成長に繋がる修行か?ただの苦行か?」と問い直すだけで、人生の消耗はかなり減るはずです。
おわりに——修行とは、静かに自分を強くすること
ブッダの修行論をまとめると、「1.復讐を選ばず、慈悲の先に見返りを求めない。2.欲を飼いならす。3.肩書ではなく生き様で立つ。4.意味のある鍛錬を積む。」という話になります。派手さはないですが、芯が太いです。そして、どれも現代人の悩みに直結しています。
僕も完璧にはできません。むしろ、嫉妬もするし、怠けたい日もあります。だからこそ、ブッダの教えは“人間向け”で助かります。
静かに、自分を強くする。これが修行なのだと考えます。

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